近年、薬学部の定員削減や募集停止に関するニュースが相次いでいます。
【参照】文部科学省 令和9年度からの私立大学の収容定員変更に係る学則変更認可申請一覧
2026(R8)年9月には、文部科学省が2027(R9)年度予算の概算要求で、医療系学部の定員縮小と医療人材の地域偏在解消を両立させるため、「地域枠」の導入や地域教育体制の強化を支援する方針を盛り込んだと報じられました。
【参照】文部科学省 令和9年度文部科学関係概算要求のポイント より抜粋
一見すると、
- 薬剤師はこれから余るのか
- 薬学部に進学した後の就職先はあるのか
- AIや医療DXが進めば薬剤師はいらなくなるのか
といった不安につながる話題になりそうです。
しかし、薬学部の定員削減を「薬剤師が不要になる」と短絡的に結びつけられるのは如何なものでしょうか。
背景には、将来の薬剤師需給だけでなく、少子化、志願者減少、定員未充足、薬学教育の質保証、地域・業態偏在といった複数の問題があります。
なぜ薬学部の定員削減が進んでいるのか
大きな理由の一つが、将来的な薬剤師の需給バランスです。
厚生労働省の需給推計では、薬剤師の総数について、今後10年程度は需要と供給が概ね同程度で推移するものの、将来的には供給が需要を上回り、薬剤師が過剰になる可能性があるとされています。
一方で、薬学部側にも課題があります。
文部科学省では以前から、6年制薬学部について、
- 入学定員の未充足
- 大学ごとの教育成果の差
- 留年や退学
- 国家試験まで到達できる学生の割合
- 教育の質保証
などが問題として取り上げてきました。
文部科学省資料では、第106回薬剤師国家試験における私立大学の新卒合格率は85.1%だった一方、2015年度入学者のうち6年間で卒業し、そのまま国家試験に合格した割合は58.2%と推計されています。
さらに、この割合には大学によって差があるとされています。
最近では、一般に示される「新卒合格率」と、入学から6年間で卒業・合格した「ストレート合格率」の乖離を取り上げています。
これは、薬学教育の質が社会的にも注目されていることを示す一例といえるでしょう。
つまり、現在進んでいる定員削減や抑制は、
「薬剤師が多すぎるから人数を減らす」
という話ではなく、
将来の需給と教育の質を両方のバランスを見ながら、養成人数を調整する流れ
と捉えるのが適切です。
厚生労働省は将来的な薬剤師の供給過剰を予測
では、本当に薬剤師は余るのでしょうか。
厚生労働省の薬剤師需給推計では、2020(R2)年から2045(R27)年までの将来予測が示されています。
【参照】厚生労働省 第18回 第8次医療計画等に関する検討会(令和4年11月11日) 薬剤師・看護職員の確保関連資料 より抜粋
その結論は、
全国総数としては、将来的に供給が需要を上回る可能性が高い
というものです。
ただし、この需給推計は将来を確定的に示したものではありません。
薬剤師業務の変化、人口減少、医療需要、薬剤師1人あたりの業務量などについて一定の仮定を置いた推計であり、条件によって結果は変わります。
そのため、
「2045年には必ず薬剤師が余る」
と断定するのは適切ではありません。
重要なのは、全国の総数だけを見ないことです。
「薬剤師が余る」のに「薬剤師が足りない」理由
厚生労働省は、将来的な供給過剰を予測する一方で、現時点では地域偏在などによって、特に病院を中心に薬剤師が充足しておらず、不足感があるとも明記しています。
つまり、
全国では余る可能性がある
一方で
必要な地域や職場では足りない
という状況が同時に起こります。
これが「地域偏在」「業態偏在」の問題です。
厚生労働省では2023年に「薬剤師確保計画ガイドライン」を発出しました。
都道府県が薬剤師偏在指標に基づく確保計画を策定し、2024年度から偏在対策が始まっています。
病院薬剤師の確保についても、別途調査や支援が進められています。
そして、冒頭で述べたように最近の文部科学省の概算要求でも、単に医療系学部の定員を縮小するだけではなく、必要な地域に人材を確保するための「地域枠」導入支援が打ち出されています。
これはとても重要な動きです。
国が目指しているのは、
薬剤師の総数を調整しながら、必要な地域には人材を確保する
という方向だと読み取れます。
したがって、
「薬剤師が余るなら、もう薬剤師は必要ない」
という話ではありません。
むしろ今後は、
何人いるか
だけでなく
どこにいるか
どの領域で働いているか
がより重要になります。
薬剤師不要論は本当なのか
薬剤師の供給過剰とともによく語られるのが「薬剤師不要論」です。
背景には、
- 調剤機器の自動化
- 電子処方箋
- オンライン服薬指導
- AIによる業務支援
- 調剤ロボット
- 医療DX
などの進化があります。
確かに、薬剤師業務のうち、これまで人が行っていた作業の一部は、今後さらに効率化・自動化される可能性があります。
しかし、ここで区別すべきなのは、
「薬剤師の仕事の一部が自動化されること」と「薬剤師という職種が不要になること」は同じではない
という点です。
厚生労働省も、薬剤師業務について、対物業務の効率化を進める一方で、対人業務を充実させる方向性を示してきました。
つまり、薬剤師に求められる役割がなくなるのではなく、重きを置くところが変わっていると考えた方が実態に近いでしょう。
AI薬歴の導入で薬剤師の仕事はどう変わる?
その変化を象徴する一つが、AI薬歴です。
現在、薬局現場では、服薬指導時の会話を音声認識し、その内容を生成AIで整理して薬歴の下書きを作成する仕組みなどが導入され始めています。
これまで薬剤師は、服薬指導後に会話内容を思い出しながら薬歴を入力し、SOAP形式などに整理する必要がありました。
AI薬歴では、
- 会話内容の文字起こし
- 情報の整理
- SOAP形式への変換
- 薬歴文章のドラフトを作成
といった作業をAIが支援します。
こうした仕組みが広がれば、薬剤師が記録業務に費やす時間は短縮される可能性があります。
一方で、AIが作成した薬歴をそのまま使用できるとは限りません。
患者の状態を正確に反映しているか、薬学的に必要な情報が抜けていないかを判断し、最終的に内容を確認する役割は薬剤師に残ります。
また、
- 患者が実際に薬を使えているか
- 副作用の可能性がないか
- 治療上の問題がないか
- 医師への処方提案が必要か
- OTC医薬品で対応できるのか
- 医療機関への受診が必要なのか
といった判断は、単に文章を生成することとは異なります。
AI薬歴の普及は、
薬剤師を置き換える技術
というより、
記録作業を効率化し、薬剤師が本来の専門業務へ時間を振り向けるための技術
と捉えることもできます。
AIや機械に置き換わりやすい仕事、置き換わりにくい仕事
今後、薬剤師業務のすべてが同じように残るとは限りません。
例えば、
- 医薬品のピッキング
- 数量確認
- 在庫管理
- 定型的な薬歴入力
- 重複投薬や相互作用の一次チェック
などは、AIや機械との相性が比較的よい領域です。
一方で、
- 患者との会話から服薬上の問題を見つける
- 副作用を疑う
- 患者の生活背景を踏まえて薬の使い方を考える
- 医師へ疑義照会や処方提案を行う
- 在宅患者や家族を支援する
- OTC医薬品の選択や受診勧奨を行う
- 他職種と連携して薬物治療を支える
といった業務は、単なる情報処理では完結しません。
薬剤師にとって今後重要になるのは、
「AIにできない仕事を探すこと」だけではなく、
「AIを使いながら薬剤師にしかできない判断に時間を使うこと」
ではないでしょうか。
これから求められる薬剤師とは
薬剤師が将来的に供給過剰になれば、
薬剤師免許を持っている人材の希少性
は、今より弱まる可能性があります。
だからこそ、今後は薬剤師一人ひとりが、
どのような専門性を持ち、患者や医療現場にどのような価値を提供できるか
がより重要になると考えられます。
例えば、
- 在宅医療
- 病院での薬物治療支援
- ポリファーマシー対策
- OTC・セルフメディケーション支援
- 医療DX
- 医薬品の適正使用
- 医師・看護師など他職種との連携
といった領域です。
さらに、AIや電子処方箋など新しい技術を「自分の仕事を奪うもの」と見るだけではなく、専門性を発揮するための道具として使えるかどうかも重要になるでしょう。
薬学部の定員削減は「薬剤師不要」のサインではない
薬学部の定員削減や募集停止というニュースだけを見ると、
「これから薬剤師は必要なくなるのではないか」
という印象を持つかもしれません。
しかし、文部科学省・厚生労働省の資料からは、様々な問題が複雑に絡み合っていることがわかります。
薬剤師については、
- 全国総数では将来的な供給過剰が予測されている
- 一方で、病院や一部地域では不足が続いている
- 薬学教育では定員未充足や教育の質が課題となっている
- AI・医療DXによって薬剤師業務の一部は効率化されている
- その分、対人業務や薬学的判断の重要性が高まっている
という複数の変化が同時に起きています。
つまり、現在進んでいるのは、
「薬剤師を不要にする動き」ではなく、
「薬剤師の数・配置・教育・役割を見直す動き」
と考える方が適切でしょう。
薬剤師の「人数」が余る可能性と、薬剤師という「職能」が不要になることはイコールではありません。
むしろ今後は、
- 何を薬剤師が判断するのか
- 患者に何を提供できるのか
- AIや医療DXをどう使うのか
- 地域医療の中でどのような役割を担うのか
が、これまで以上に問われる時代になると考えられます。
薬学部の定員削減は、薬剤師という職業の終わりを示すものではなく、これから必要とされる薬剤師像が変わり始めていることを示す一つのサインなのかもしれません。



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